八女

 2/03-2/05は、福岡県の八女市に行ってました。八女は福岡とともに学生時代の重要な活動拠点でした。

 八女元気!計画に参加していた頃の説明は長くなるので省略しますが、八女の市民ホール-八女市町村会館を中心に、八女の町の復興や地域ネットワークの活性化を目指して活動していました。

 2/03の夜は、お隣の中央公民館でフォーラムが開かれ、招かれた様々なコメンテーターによってかなり具体的な市町村会館再生プランが紹介されました。
 まず建築家・青木茂氏によって、古い建物をリフォームする方法が紹介されました。建て替えるのではなく、元の建築物の基本的な部分を残しつつ、補強したりしながらリファインする、という具体例の紹介もありました。これがなかなかおもしろくて、「コレがこんな風に様変わりするのか!」という新鮮な驚きもありました。最後には市町村会館に対する具体的なプランも示され、改装後の予想図CGなんかは、見た人もうならされたことでしょう。
 続いて岡田智博さんからIT(情報技術)面の改革で、八女あるいは田舎がどう発展していけるのかについて紹介されました。高速ネットワークが日本中に繋げられることで全ての個人が対等のレベルに立ち得るということから、それを上手く導入することで世界に対してでも八女の門を開くことができる、という話でした。過去の実践例なども紹介され、「なるほどコレならできるかも」という意識を生み出したと思います。

 2/04の夜は、八女の文化ネットワークの中心地・明永寺でもうひとつのフォーラム。「こどもの居場所をどう生み出していくか」がテーマでした。こどもたちから遊び場を奪っていく今の世の中、それをどう食い止め、どう「居場所」を広げていくのかを話し合いました。
 このフォーラム中に出た意見に、とてもおもしろい、納得してしまうものがありました。

「人工物が増えて、たとえば秘密基地を作るような場所って減ったって言いますけど、今でもマンションの階段の裏とか、案外どうにかしてそういう場所を見つけてるんです。それを『マンション裏みたいな所にしか遊び場がない』と見るか『それでも子どもたちは遊び場をみつけられるんです』と見るかは、そう簡単な議論ではないと思います。」

「私達大人は、子どもたちのために遊び場を作って、ここで遊びなさいと言うけれど、それって実は子どもたちから遊び場を奪ってるんじゃないですかね。」

「私達のやろうとしていることって、はっきりいって『おせっかい』みたいなもんなんです。でもそのおせっかいをやって、後は子どもたちが乗ってくるかどうか、それを待つことが重要なんです。粘土を置いてやって、後は好きに遊んでいいよ、と。」

 私も八女、大学内、大学のある町での活動から、思うところがありました。どんないい企画を用意してやっても、結局は周りの人間が乗ってこない限りはただの一回限りのプロジェクトとして終わってしまう。重要なのは、周りの人間たちをその気にさせてしまうこと。周りが調子付けば、勝手にどんどん進んでいくんですよね。

 この2日間のフォーラムは、とてもおもしろかった。久々に本当に知的好奇心をくすぐられた気がします。八女まで来た甲斐がありました。

 八女には随分と出入りしていた関係で、当然知り合いも多いです。それこそ2年振りの人も多いのに、色々な方々から「ぁあー、太田君! 帰ってきたっとねぇ! 元気やったとかー?」と言ってもらえました。ありがたいですよね、こういうの。外からひょこっとやって来た学生をここまで大切に思ってくれるってのは。
 最初はフィールドワークとしてやってきた八女でしたが、ちゃんと人間的な関係になれていたんだなぁと、嬉しく思います。研究のための関係じゃない本当の人間関係ってのが、結局は何かを学ぶにも一番いい関係なんだと私は思います。
 まだまだ通いますよ、八女には。

 明日の晩は、大橋商店街連盟の会合に乱入します。大学生と地域とのネットワークを作ろうと、地域の祭りに学生達を誘い込むプロジェクトを2年間かけてやったのがきっかけで、商店街の人達とも数多く知り合いました。「みんな楽しみに待っとるよー。」と電話で言われ、今更ながら当時の苦労が報われた気がしました。あぁ、やってよかったな、と。

 いえいえ、まだまだやりますよ。力を付けてきた暁には。